こだわり
[本文はここから]

金剛三昧院の魅力

高野山と和歌山県熊野、奈良県吉野と各参拝地を結ぶ参詣道を含めた一帯は、平成16(2004)年7月1日、「紀伊山地の霊場と参詣道」という名前で世界遺産に登録されました。
高野山においては街全体が世界遺産登録されたわけではなく、主に歴史的建立物としての価値が高い6ヶ所が登録されています。

  • 高野山の玄関口、大門
  • 弘法大師空海が開いた多くの堂塔が立ち並ぶ壇上伽藍
  • 高野山真言宗の総本山、金剛峯寺
  • 弘法大師空海が即身成仏された御廟並びにそこに至るまでの参道に多くの墓がある奥の院
  • 徳川家康と秀忠をまつる東照宮である徳川家霊台

上記の5つは総本山金剛峯寺が管轄する建物なのですが、残る一つである金剛三昧院は塔頭(たっちゅう)寺院として唯一、選ばれた寺院となります。

  • 金剛三昧院

なお、塔頭寺院とは総本山の境内(昔は高野山の山全体を金剛峯寺と称していた)にある寺院で、住居や隠居した僧侶の僧房として建てられた子院のことです。

800年の歴史

高野山金剛三昧院は、建暦元年(西暦1211年)、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝公の菩提を弔うために、その妻で尼将軍としても名高い、鎌倉二位禅尼・北条政子が創建しました。始めは禅定院と称しており、落慶法会には、日本臨済宗の開祖である、明庵栄西禅師を請じ入れ、開山第一世としました。

承久元年(1219年)、三代将軍実朝公の逝去にともない、その遺骨を納め、禅定院を金剛三昧院と改めました。かくして、幕府の重臣安達景盛が建立奉行となって堂塔の増建を進め、大日堂・観音堂・東西二基の多宝塔・護摩堂二宇・経蔵・僧堂など、一大伽藍を造営し、数多くの子院を建立しました。

天福二年(1234年)、初代の長老に、栄西禅師の高弟で鎌倉将軍家の優れた僧であった、退耕行勇(たいこうぎょうゆう)上人が任ぜられ、密教・禅・律の三宗兼学の道場となりました。そして後には浄土教も兼学し、一山において特殊とも言える教学を宣揚しました。以後十二代住職である實融上人までは、禅宗系の住持が長老を務めてきました。

当院を作った奉行の一人、願性(俗名葛山景倫)は、安貞元(1227)年に興国寺(和歌山県由良町)を創建、そして住職、心地覚心(法燈国師)のもとに下山し、臨済宗妙心寺派であるこの寺に、禅宗の機能を移しました。

それ以降、当院は高野山真言宗の寺院として続いています。

嘉禎四年(一二三八)、足利義氏は政子の十三回忌にあたり、当院に大仏殿を建立し、丈六の大日如来像を奉安して、政子と実朝公の遺骨を納めました。

弘安四年(一二八一)、北条時宗は秋田城介安達泰盛を奉行に任じ、院内に勧学院・勧修院の二院を造営、僧侶の学道研鑽の道場としました。勧学院は、文保二年(一三一八)、後宇多法皇の院宣により、伽藍蓮池の東隣に移建されましたが、ここで執り行われた勧学会は高野山学道の中心となり、今日に至るまで連綿と伝持されています。

その後も、幕府の手厚い保護を受け、源家の他、北条・足利・安達等の有力な武家の帰依がことのほか篤く、各氏の菩提寺となり、事実上,山内諸寺院を統轄する有力な寺院に発展しましiた。

寺領も山内寺院中最も多く、河内国讃良(ささら)荘、筑前国粥田(かいた)荘、美作国大原保、紀伊国由良荘、和泉国横山荘など、諸国の荘園は一五ヵ所・十万余石に達しました。また、醍醐天皇の御臨幸(天皇陛下にご同行して、その場に向かうこと)を始め、皇族・公家の参籠、武将の来院も多く、高野山内格式随一といわれ、第五十六世長老の現在に至っています。

当院は、他の寺院とはやや離れた小田原谷の最南部の山腹に位置するため、山内の大火のたびにも類焼を免れ、創建当時の多宝塔や経蔵等、山内でも数少ない鎌倉時代の遺構が現存しています。

国指定の貴重な文化財として、次のようなものが現存しています。

建築
国宝
多宝塔(昭和27年11月23日指定)
重要文化財
経蔵(大正11年4月13日指定)
本坊 大広間 庫裡(昭和40年5月29日指定)
四所明神社(昭和40年5月29日指定)
天満大自在天神社(昭和40年5月29日指定)
仏像
重要文化財
木造五智如来坐像(明治41年1月10日指定)
木造十一面千手観音立像(明治41年1月10日指定)
木造不動明王立像(明治41年1月10日指定)
絵画
重要文化財
金地著色梅花雉子図(昭和27年11月23日指定)
愛染明王画像(昭和27年11月23日指定)
工芸
重要文化財
銅鐘(昭和40年5月29日指定)
刀剣二口(明治41年1月10日指定)

この他、南北両朝の綸旨・武家の教書等、宝物什器、古文書などの豊富なることは山内寺院中随一と称せられています。
院内の大石楠花群は天然記念物に指定され、四月下旬から五月中旬頃、境内いっぱいにピンク色の花を咲かせます。

また、樹齢八百年を越す六本立ちの天狗杉は高野杉の象徴となっています。

現在も当院は全国各地に広い法縁・檀縁を持ち、古格を備えた山内きっての大宿坊として存続しています。

当院の行事について

施餓鬼 (せがき)・・・追善供養として三界萬霊(さんがいばんれい=欲界・色界・無色界の3つの世界にいる霊をお唱えすること)の有縁無縁の諸精霊を供養するもので、山海の飲食をお供えし法要を営むことにより、餓鬼は救われ自分は長寿や健康を得られ、さらには悟りを開くことが出来るという、お盆の行事です。

毎年5月頃より広く一般の方からも祈祷を承っています。

星供養 (ほしくよう)・・・自分の生年月日からその年の星回り、当年星を祈願することによって、一年間の長寿並びに健康や願い事(商売繁盛や家内安全といったもの)を叶える供養をすることです。2月3日の節分の日に護摩供養を修法します。

毎年11月頃より広く一般の方からも祈祷を承っています。

年中行事

当院の年中行事として、一般の方々にも開放して見ていただけるのは、10月10日毘張尊師のお祭りのみとなっています。どういったお祭りかというと、当院の守り神である毘張尊師が境内の毘張杉に降りてこられて、高野山の治安を整えたことにより戦火を免れたという言い伝えが残ってお り、その功績と活躍を祈願する大般若転読法要(だいはんにゃてんどくほうよう)を、当院大広間にて修しています。そのあと、境内の特設舞台から感謝の意味を込めた餅まきを行い、観光客から近辺の方々まで喜んでいただいております。

サイトマップ
  • 高野山 金剛三昧院
  • 〒648-0211 和歌山県伊都郡高野町高野山425番地/TEL:0736-56-3838/FAX:0736-56-2586
  • Copyright © Koyasan Kongosanmaiin. All Rights Reserved.