説法・法話
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縋る(すがる)ということ

およそ2万人という多数の犠牲者、行方不明者を出した東日本大震災からもうすぐ1年が経とうとしている。
もうそんなになるのと言う人よりも、あっという間だったと思う人の方が多いのではないでしょうか?

以後、いざと言うときに備えて非常用食料を確保する人、緊急避難場所を確認する人、外出先から自宅へのルートを調べなおす人など、多くの方が色々と見なおしたことでしょう。

震災以後、何かにすがりたいと思う人が増えたような気がします。
・お寺にやってきて悩み事を相談する人。
・(僕が行っている)阿字観と言う瞑想法を継続的に受けにくる人。
・人との付き合い、つながりをより深く感じるようになった人。

それほどまで人々の中に大きな記憶を残した災害だったのでしょう。


先日、当院の信者さんからこんな相談を持ちかけられました。

「今住んでいる家から近々引っ越すことになったんですけど、今の家に引っ越した時トイレに違和感を感じたことをお世話になっている人に話したら、これを置きなさいと石をいただきました。
その石をトイレに置いておくようになり、違和感を感じなくなりました。
新しく引っ越す家に、この石は持って行った方がいいのでしょうか?」


持って行った方がいいですよと言うのがいいのか、置いて行った方がいいですよと言った方がいいのか…正直、返事に悩みました。
その人にとって僕の言葉・判断がその人の家庭に幾許かの影響を及ぼすことになると思ったからです。

僕は僧侶となってまだ15年弱
人前で法話や説法をすることはあっても、自分の言葉を説いて人を救うことができるほど修行を積んだとは思っていません。
それでも僧侶として生を得る今現在、そのような中途半端な気持ちではいけないと思い、その信者さんに自分の意見でこう答えました。

「新しい家には新しい環境があります。
そこに持っていくべきではなく、置いておきましょう。」


先日来、人気女性芸人が霊能者に洗脳されたというニュースをマスコミで見かける。
人と言うのは自分が辛い時、苦しいとき、不幸だと思った時など、誰かにすがりたいと思う気持ちが現れます。

弱みに付け込んで私腹を肥やそうとする人がいる限り、すがりつきたいという気持ちは怪しいものと聞こえてしまいます。
日頃から見極めができる「眼」と「経験」を養うことが大事でしょう。


僧侶として、自分の存在を新たに確認させられる春になりそうです。


副住職

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